1月11日(土)玉姫公園にて 11時から集会・デモ 佐藤さん山岡さん虐殺弾劾・反再開発反排除・日雇労働者野宿者総決起集会

IMG_1791.jpg1.11 佐藤満夫さん(40年)、山岡強一さん(39年)虐殺糾弾集会・デモに結集を!


 1981年、山谷争議団は山谷現闘委の戦闘性をよみがえらせ、現場闘争を復権させるべく結成された。労働組合という形式から明確に距離をとりつつ、寄せ場における労働運動の可能性を展望した。それは、寄せ場とそこに生きる労働者の固有の条件に立脚するということである。山谷争議団は、下層労働者が秘めた力を突き出し、抑圧された世界の人民とともに支配の構造を撃つための運動の地平を切り拓いていった。だが、これを恐れた右翼ヤクザは映画を撮ろうとしていた佐藤さん、それを完成させた、現闘委以来の中心的メンバー山岡さんを虐殺した。


 それ以来、約40年の歳月がたち、寄せ場をめぐる状況は大きく変わった。都市の寄せ場の縮小、日雇労働運動→野宿者運動という大きな転回、生活保護(社会福祉)の運動における位置付けの変化など、世界は様変わりした。もはや「虐殺により断ち切られた二人の遺志を引き継ぐ」などとは安易に言いようがないはずだ。しかしなお彼らの残した映像や言葉は私たちをいまだに力強く引き寄せ、鼓舞し続けている。


 例えば、失業した労働者たちが公園や河川敷に続々と溢れ出した1990年代―2000年代、彼らが手製の小屋の梁を上げ、ブルーシートの屋根をいたるところで高々と掲げたのを我々が目の当たりにしたとき、我々は佐藤さん、山岡さんが未来に見通そうとしたものに確実に触れていたはずだ。それは、下層の民の生き生きとした力が溢れ出る瞬間だった。

 我々は、人びとの力が支配と秩序を破って溢れ出す瞬間にあらわになる、その可能性を手放してはならないし、そのために、仲間の持つ怒りに敏感でなければならない。下層の人びとが支配の本質を見るときにあらわれる怒りこそ我々が立ちかえる原点である。


 我々は野宿者排除をあからさまに打ち出す城北労働福祉センターに抗議しつつ2024~25山谷越年・越冬闘争を継続している。資本と癒着した行政による「街づくり」に名を借りた野宿者の強制排除に抗する東京・渋谷、大阪・釜ヶ崎の仲間とも連帯してたたかっていく。


 山岡さんが私たちに遺したもう一つの重要なテーマは、在日朝鮮人を始めアジアの人びととどのように連帯していくかということだった。いま、労働現場では、多くの外国人労働者に出会うのが日常の風景となっている。その中で、彼ら、彼女らとの連帯をどのように作り上げていくのかは、私たちの大きな課題だ。我々は、越年期間中の12月31日、外国人の仲間が直面する生活保護の問題についての学習会を行ったが、もちろんこれも上のような問題意識の延長線上にある。


 山谷越年越冬闘争実行委員会は12月29日から1月5日まで、城北労働福祉センター前で越年闘争を行い、その翌週の1月11日、玉姫公園で佐藤さん・山岡さん虐殺糾弾の集会とデモを行います。多くの皆さんの結集を呼びかけます。

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